先月、紹介した「むぎと王さま」をはじめとする、エリナー・ファージョンのお話の本は、私の本棚に、7冊ある。岩波書店から「ファージョン作品集」としてでているもので、娘が、小学校低学年の頃によく読み聞かせていた。ファージョンは、アンデルセンにつぐ、ファンタジーの大家で、アンデルセンのような、宗教的な神秘性はないが、子ども部屋の日常にもっとも似合いそうな、夢と希望が湧いてくる話し手である。
7冊の中で、一番背表紙の色が薄くなっているのが、「年とったばあやのお話かご」である。




取り出してページをめくっていると、何かがはらりと落ちた。端っこが、ちょっと黄ばんでいる紙切れ。二つに折ったその紙切れを開いてみると、中に見慣れた文字が・・・・。なんともへたくそな・・・・。
「まだよんでないはなし」と、一番上に、大きく書いてある。その下に、お話の題らしきものが、四つばかり書かれてある。「ああ?この本に出てくるお話の題ではないか?」上から三番目に、チェックがいれてある。これは、何の印なのだろう。読んだということか。
この本には、全部で13話のお話がある。全部読んで聞かせたと思っていたが、当時のこのメモを見ると、どうだったのか、怪しくなった。
だんだん思い出してきた。寝る前にお話をすることは、何ものにも代えがたい母子交流の手段であると思ってはいたが、残念ながら、私には、自分だ語れる手持ちのお話が、四つぐらいしかなかった。絵本は勿論、お話がすきになっていた小学生の娘に、一晩に、一話完結のお話がしたくて、読み聞かせた本のひとつが、ファージョンだった。




このお話は、イギリスの特徴的な、子守役(ナース)がいる子ども部屋で、年とったばあやが、椅子に座って、靴下つぎをしながら、子どもたちにお話を語って聞かせる形式で進む。靴下にあいた穴の大きさによって、お話の長さが決まるというから、よくできている。長いお話が聞きたいばっかりに、わざと、靴下に、大きな穴をあけたりする子も、いるくらいだ。
なんでも、このばあやは、魔女のように長く生きていて、気が遠くなるほど昔から、ばあやをしていたらしい。なにしろ、子どもたちのおばあさんのばあやでもあったし、グリム兄弟に、お話を聞かせていたらしい。果ては、ペルーのインカ王や、エジプトのスフィンクスのお守もしたというから、すごい。
ヨーロッパだけでなく、インドやペルシャ、中国など世界各国で、ばあやをしていたので、そのときのお話で、ネタは尽きることはない。
これは結局、ばあやの、作り話であるということになるのだが、子どもたちに、さりげなくしつけをしながら、引用していくお話は、細部まで空想力に満ちている。それを聞く子どもたちの想像力は、かなりたくましくなっていったことだろう。

作者ファージョンは、頭に思い浮かんだお話が多すぎて、ひとつひとつをきちんと文章でまとめることが、できないほどだったという。




「金の足のベルタ」は、生まれたときに、ローレライとルンペルシュトリツヘンに魔法をかけられて、右は、「金の足」、左足は、「いつも靴下に穴があく足」になってしまうお姫様の話。「金の足」は昔話っぽくていい。だが、「靴下に穴があく足」なんて・・・。なんだか、ユーモアたっぷりの魔法。ばあやは言う。「世の中で一番困ることは、小さいことなんですからね。」な、なるほど。靴下ばあやのお話によると、に穴があくという些細なことが、後に大変困ったことになって、お姫様の人生が、波乱万丈になっていくのだから、確かに、ばあやの言うとおりだ。




「青いハスの花」に出てくる、癇癪持ちのインドの王子は、魔法使いに命じて、自分の心臓を、隠してしまう。ジャングルの奥深く、池の真ん中に咲くハスの花びらに覆われた心臓を守るのは、白い象。想像するだけで、ゾクゾクする光景ではないか。癇癪で怒って泣いている涙と、悲しくて泣いている涙は、本質が違う。このばあやは、そんなことは、百も承知で、このお話を、鼻水をたらして、泣きじゃくる男の子に語る。




「イラザーデひめのベール」は、あまりに美しすぎて、どうにもならないペルシャのイラザーデひめの顔を、世界が平和でいられるために、ベールで覆わなければならないという、もどかしいお話。ペルシャの国が、滅んだ今でも、このひめは、どこかで、生きているという。ばあやの言うことは、一理ある。「あのような美しさは、消えることができないのですから」と。
こんなお話を読んでいると、どんな子どもだって、その情景を想像せざるを得なくなり、人生の不思議や、世界の広さを、ボワ~ンと感じることだろう。要所、要所に挟まっている、エドワード・アーディゾーニの挿絵は、その想像を、ことさらに掻き立てる。モノクロのその絵は、あり得ない世界に、心を遊ばせるには、かなり、心強い後押しとしての存在感がある。
 こんなばあやになりたいものだ。
子どもたちに聞く。「大きくなったら、何になりたい?」野球の選手、お医者さん、ダンスする人、ケーキ屋さん・・・・。と、ここで、子どもたちに聞かれる。「先生は?」うれしいことに、私にも、未来が開けていると思ってくれているらしい。私は、大きくなったら、いや、小さくなっていると思うが・・・「お話おばあさんになりたい」と答える。





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